2022.07.19 お知らせ 「正解の無い問題にどう立ち向かうのか」法学部・奥田ゼミをご紹介


皆さん、刑法ってご存じですか?
刑法とは、犯罪と刑罰について定める法律です。この刑法、実は私たちにとって身近な法律でもあるのです。そこで本日は、法学部・奥田准教授(研究分野:刑法)の演習Ⅱ(3年生対象)の様子をお伝えします。

奥田ゼミでは、春学期を通して、多様なテーマについてディベートを実施しており、7/11(月)に実施された演習は、ある死亡事故についてのディベートでした。
そのテーマはこのような内容です。皆さんも一緒にぜひ考えてみてください。

『甲は、Aとの間に金銭トラブルがあった。甲は仲間とともにAに暴行を加えることで、痛い目に合わせてやろうと考えた。そこで、甲はAを自動車後部のトランクに押し込み、トランクを閉めて、甲の仲間と合流するために自動車で移動した。
仲間と合流するための目的地に着いた甲は、車を路上で停止させた。その路上とは、車幅7.5mと広く、片側1車線の見通しの良い直線道路であった。停車して数分後の午前3時50分ごろ、乙の運転する自動車が走行してきて、前方不注意により、停車中の甲の自動車に後ろから時速60kmで追突した。これによりトランクは大きくへこみ、閉じ込められていたAは頸椎挫傷によって死亡した。
甲に、逮捕監禁致死罪が成立するか』

このテーマに対し、肯定派(逮捕監禁致死罪は成立する)2グループと否定派(逮捕監禁致死罪は成立しない)2グループの計4グループに分かれて次の流れに沿って授業は展開。
1.肯定派による立論
2.肯定派の立論に対し、否定派が質疑→応答
3.否定派による立論
4.否定派の立論に対し、肯定派が質疑→応答
5.質疑応答も踏まえて最終検討
6.肯定派の最終弁論
7.否定派の最終弁論
8.奥田先生による判定・講評

前回の授業で、肯定派・否定派がそれぞれなぜ肯定・否定かを根拠をもって主張する立論と、想定問答集(どんな質問が来るか、それにどのように回答するか)を作成。本授業では、その立論の発表から開始しました。

この事案の争点は、逮捕監禁致死罪を定めた刑法220条・221条との関係で、甲の逮捕監禁(Aをトランクに閉じ込めたこと)と、Aの死亡との間に因果関係が認められるか否か。因果関係が認められれば逮捕監禁致死罪が成立し、因果関係が認められなければ逮捕監禁罪にとどまります。ですから、肯定側は因果関係が認められることを、否定側はそれが認められないことを論理的に主張しなければなりません。因果関係を判断する基準としては、『相当因果関係説』や『危険の現実化説』といった考え方があるため、それぞれの班は自身の支持する学説を決めてこれに基づく規範を立て、具体的なあてはめを行っていきます。
肯定側のおおよその見解は、見通しの良い幅の広い道路であったとしても、道路に停車していた場合、後方から追突される危険性を秘めており、その危険が結果的に起こってしまったため、因果関係があると言える。だから、甲には逮捕監禁致死罪が成立すると言います。
一方、否定側の見解は、そこに因果関係がないと真っ向から勝負する格好となりました。
このように、双方が主張を論理的に組み立ててプレゼン(立論)し、それに対し疑問に思うことを「質問(攻撃)」、質問された側は「回答(防御)」するという構図です。



今回の質問(攻撃)では、
「肯定派が主張した、『トランクは人が入ることを想定しておらず、トランク内に監禁し、追突事故にあえばトランクの人は死んでしまうことは明らか』という点を因果関係に含めることはおかしいのではないか」や、「肯定派が主張した、『後ろからの追突事故は社会生活上、一般に起こりうること』というのは、なぜそう言えるのか」といった質問がありました。また、「今回の見通しの良い道路での追突事故は『一般人には予見が困難』と否定派は主張しているが、なぜそう言えるのか。」など、いくつもの質問の応酬がありました。
これらの攻撃に対し肯定派は、「『令和2年度交通安全白書』からデータを引用し、交通事故のうち約3割が追突事故であったことから、追突事故は一般的と言える。」と防御。
また一方で、否定派は「警視庁交通局が発表している『令和3年中の交通死亡事故の発生及び道路交通法違反取締状況等について』では、車両同士の事故は1年間で965件、そのうち停車中と思われる追突事故は59件のため、その割合は6%と少ない。だから、一般人には予見が困難な事故と判断した。」など、それぞれがデータに基づいた見解であることなどを防御材料として用いている点が印象的でした。また、各班の支持する学説の理論的な部分についても斬りこまれ議論されましたが、たとえ同じ学説を採用していても、その規範に事実を当てはめる際に具体的事実をどのように評価するかによって結論が真っ向から対立するのも、非常に面白いところで、法学部ならではのディベートを体感することができました。

質疑応答を経て、各グループの立論に修正を加え、改めて最終弁論を実施。この一連のやり取りを経て、どちらが勝者かというジャッジを奥田先生が発表しました。
 

刑法の専門性だけではなく、社会に出るうえで必要となる素養を身につける



奥田先生は、この3か月間で、各グループの立論は見違えるほど上達したことや、各チームがデータを引用して立論に説得力を加えたことを高く評価されていました。一方で、相手の立論を切り崩すにはもっと多く・深く質問すべきことや、質問に対する回答も、一部回答できなかったものもあり、実際の弁論では、回答放棄=不戦敗となりかねないなど、改善点についても指摘がありました。
加えて、奥田先生からは、「日本の裁判は口頭主義のため、書く力だけでなく、話す力が必要になります。それは、結論を明確にすることや、重要な点を強調しメリハリをつける、相手の目を見るなど、プレゼンテーション能力に大きくかかわる事であり、社会に出てからも必要となる力なので、学生時代にもっと精度を上げて欲しい。」とのアドバイスもあり、学生たちはメモを取りながら聞いていました。

ちなみに、今回は肯定派が勝利しました。正解のない問いに立ち向かうことの難しさを実感するとともに、それに挑もうとする学生たちの熱意を感じる授業でした。

法学部 奥田菜津准教授(研究分野:刑法)